2009年10月15日 (木)

記者クラブ

亀井金融担当大臣の会見は、前半を記者クラブ主催、後半を亀井大臣主催で、同じ内容のものが二度行なわれているらしい。記者会見を記者クラブ以外のメディアにもオープンにするという亀井大臣の方針を記者クラブが拒否したためだという。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091015ddm010010140000c.html

記者クラブという日本独自の制度については、一種の報道統制ではないかとして、以前から根強い批判がある。とくに海外では「Kisha Club」と日本語表記されるほど悪名が高い。

これに対して記者クラブ側は、会見を政府主催にすると政府に都合のよい情報しか出てこないとか、誘拐事件などの報道規制が守れないなどと主張するようだ。しかし、それなら記者クラブの門戸を広げればよいだけではなかろうか。

すでに、記者クラブの発信する記事はアンチ亀井に片寄っているという声まである。
http://www.tbsradio.jp/kirakira/2009/10/20091013-2.html
これでは私たちは新聞・テレビのニュースを信頼して見ることができない。そもそも、なぜ新聞・テレビ自身はこの問題をほとんど報じないのか。報じれば国民の批判をあびることがわかっているからではないのだろうか。

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2009年10月 7日 (水)

極右・極左の危険性

Inryoku

穏健な人たちは、みんなが納得できる方法を見つけようとする。右寄りの考えと左寄りの考えがあれば、もっともよい答は両者の間にあるだろうと考える。つまり内側へ引力が働く。

しかし、急進的な人たちは逆に外側を目指そうとする。右側の人は右端に、左側の人は左端に理想の世界があると考え、世の中をそちらへ引っ張って行こうとする。

彼らは自分たちこそが純粋で正統派でブレがないと言うけれども、穏健な人たちからは、片寄った危険思想という評価を受けている。私もそれが妥当な評価だと思う。

なぜなら第一に、彼らは異質なものを認めず、世の中を一色に染めようとする。つまり思想の自由を認めない。またその帰結として、国民の監視、盗聴といったことに走りがちだ。

第二に、彼らは目的を達するために暴力にうったえることを避けようとしない。右寄りの人は軍事クーデター、左寄りの人は人民蜂起による革命といったことを、むしろよいことのように言う。また、反対者を抹殺すること、すなわち暗殺、粛清、強制収容所送りといったことを、やむを得ないものとして許容する傾向がある。

彼らが暴力的手段をいとわないのは、正しいことをやるのだという思い込みと、愚かな大衆を指導してやるのだという思い上がりがあるからだろう。だが、暴力的手段を使わなければ支持されないということ自体が、彼らが指導者の器でない何よりの証拠ではなかろうかと私は思う。

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2009年10月 3日 (土)

自民党は復活できるか

自民党が復活できるかどうかについての見方は真っ二つに割れている。右寄りの人たちが、「民主党政権はすぐに破たんする」とか、「黙っていても政権は自民にもどってくる」と言っているのに対して、左寄りの人たちは、「自民党はもう立ち直れない」とか、「このままでは民主党長期政権になってしまう」と言っている。

初めてのことなのでどうなるか、私には予測がつかない。すぐに行き詰まる可能性も、長期政権になってしまう可能性も、どちらも十分あると思う。ただ、民主党の大臣たちを見て、(最近の)自民党の大臣たちは官僚の書いたペーパーを読んでいただけだったということに、多くの国民は気づくのではなかろうか。そうしたら、民主党が駄目だからといって自民党にまかそうということにはならないのではなかろうか。官僚にまかそうとか、あるいは「みんなの党」などの新しい保守政党にまかそうとするのではなかろうかと思う。

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2009年9月29日 (火)

政治面か、政界面か

昨日(28日)の朝日新聞夕刊に池上彰氏が「政治面か、政界面か」という文章を載せていた。例えば「子ども手当」には、子供は社会で育てるものという思想がある。だからこそ所得制限せず一律に支給しようという発想が出てくるのに、それを伝えていない。バラマキだとか誰が損をするとかばかり論じている、というのだ。

「政治面か、政界面か」という問題を私が最近強く感じたのは、民主党が小沢幹事長に支配されているという報道だ。例えば財相人事に小沢氏が介入しようとしたという記事はあっても、小沢政策と鳩山政策の違いには触れられていない。政治記者が報じるべきなのは政治であって、政界の人間関係ではないはずだ。

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2009年9月19日 (土)

民主党の経済政策は不十分か

民主党の経済政策は不十分だという人がいる。しかし、むしろ民主党は経済政策をそれほど重視していないというべきではなかろうか。

すなわち、第一に民主党は従来の産業構造を転換しようとしているのであり、高度成長期に盛んだった建設業や、中国などの台頭で国際競争力を失いつつある一部の製造業などは、すたれてもいいと思っているのではないだろうか。

生活を支援して内需を拡大し、輸出に頼らない経済の仕組みを作ろうとしていることや、環境などの新分野に大胆な目標をかかげていることなどは、その現れであろう。

第二に、そもそも民主党は経済的に豊かになることよりも、貧しくても幸せな暮らしを目指しているのではなかろうか。

民間への投資である公共事業を減らしてでも医療や教育を受けやすくし、安心して子育てできる環境をととのえようとしているのは、その現れといえるだろう。

第三に、民主党にとっては経済政策よりもまず「政」と「官」の関係を変えることの方が重要な課題なのではないか。

経済政策にしても何にしても、まず選挙で選ばれた政治家が国政の主導権をにぎることが大切であり、それが実現しさえすれば経済政策その他の政策は放っておいても民意が反映されるはずだ、と民主党は考えているのではなかろうか。

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