2012年1月29日 (日)

国会議員は国家権力か?(2)

国会議員が国家権力でないとしたら、「財政再建のために国会議員がまず身を切る」という論法は筋違いだということになる。国家権力の監視役である国会議員の数が減ることは、本当の国家権力である内閣(官僚)をますます野放しにするだけではなかろうか。

また仮に国家権力のひとつだと考えても、国会議員は最も国民に近い立場の権力であり、それを弱めることは国民の国家に対する影響力を弱めることになる。「国会がまず身を切る」という論法には、どこか胡散臭さを感じる。

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2012年1月27日 (金)

さようならオリンパス

オリンパスは企業体質を改めることなく、他社との資本提携などでこの危機を乗り切るつもりらしい。なるほど帳簿上はそれで問題ないのかもしれない。だが、企業としてもっと大切な何かを失ってしまったような気がする。

私はオリンパスという会社が好きだった。今使っているカメラもオリンパス製だ。だが、次はもうオリンパスを買わないだろう。持っていても自慢にならないからだ。オリンパスというブランドはダーティなものになってしまった。

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2012年1月17日 (火)

藤原直哉『日本の未来と世界経営』

NHK・ラジオあさいちばん「ビジネス展望」(2012年1月13日)で、経済アナリストの藤原直哉さんが『日本の未来と世界経営』と題して話をされていた。重要な話だと思うので、要旨を書き起こしておく。

なお、放送は今なら下記で聴くことができる。
http://www.nhk.or.jp/r-asa/business.html

【要旨】

●どうやって私たちは食べているのか

日本の貿易収支(輸出と輸入の差額)が赤字基調になってきている。昨年は31年ぶりに赤字に転落したと思われる。投資の収益や特許料など、過去の遺産による受取りが黒字なので経常収支はまだ黒字だが、3年もすると経常収支も赤字になるのではないかと考えられている。

経常収支が赤字ということは国からお金が逃げていくということだ。経営が回っていない、産業の競争力が衰えてきているということだ。このようなことは過去にも海外の例であった。アメリカでは70年代、80年代に不況と物価高に見舞われたが、産業の再生に関しては何もしなかったため、日本やドイツに産業競争力で追い抜かれて、以来アメリカはずっと貿易収支は大赤字だ。アメリカはそれを金融で取り返そうとして金融業を盛んにしたが、今回の金融システムの大破綻でそれも水の泡だ。経済的には万策尽きた状況に今なっている。

日本も90年代、とくに後半以降、日本の大手輸出メーカーはリストラと海外生産移転ばかり進めてきた。世界で最後にリストラのカードを切ったのは日本だった。それでこの15年ぐらい食いつないできた。日本政府、あるいは日本の金融界も同じようにリストラ(行財政改革)を進めて、産業転換や新しい英知の結集、新しい科学や産業の育成を本気でやってこなかった。その答がそろそろ出始めた。

アメリカでは90年代から、とくに大手の自動車会社、ゼネラルモーターズやクライスラーが、よく政府に対していろいろな要望を出していた。車が売れないのは政府が悪いからだと。ドルが高すぎるからとか、補助金がないからだとか、政府に対して文句を言ってお金を引っ張り出して、衰退が続いていた。日本の自動車、あるいは電機業界も、昔のゼネラルモーターズやクライスラーみたいになってきている。政府が介入しないから円高で車が売れないとか、もっと車を売りたいからエコポイントを出せとか、あるいは工場を作るから自治体に金を出せとか、最近は自動車税もまけろとか、何かというと政府から金を引っ張り出して経営しようとしている。あれは間違いなく企業が衰退している証拠だ。本人たちに気づいている様子があまりないが。

今までのような途方もない黒字をかせぐということも、一方で世界に大赤字を産むわけだから、これはあまり好ましいことではない。同時に、過去に巨額の黒字をかせいだために日本にお金が余るようになった。だから日本のリーダーたちは現状維持が一番よい選択だという間違った考えを持つことになったのも確かだ。このように巨額の黒字は問題を産むので、それが直ることはよいことだ。しかし赤字になるのはまずい。

要するに今の日本は過去30年間の輸出で膨大な黒字を稼いで、そのたまったマネーで何もチャレンジしないで現状維持で暮らすというやり方をずっと続けてきて、結局衰退が停まらなくなって赤字になってきた。ここで我々はやり方を全面的に改めるときを迎えた。新しい日本経済を作り直せということだ。

●新しい日本経済とは

まず、今やっているように、すでにできあがっている、外国人が作ったようなマーケットに、よく売れている市場に安値で参入するという企業活動はもはや成り立たない。それから、新興国の人々が作れるものを日本人がいくら安く作ろうと思っても限界があって、これでは日本経済は成り立たない。それから事実上財政に寄生して、お金をもらって、国民の税金や国の借金に頼って生きることももはや難しいだろう。

逆にこれから我々はもっと大きな目線を持つべきだ。世界をもっとよくするために日本の英知や日本の遺伝子をどう活用するかという風に考えないといけない。そうしないと何十年先まで大きな産業を育てるという意味が見えてこない。

●具体的にはどういうことを考えるべきか

根本的に世界の最大の問題は人口の問題だ。日本は少子高齢化だが世界はどんどん人口が増えていて、今世紀中に100億人になろうとしている。しかし我々が使っている資源・エネルギー・食料というのはせいぜい30億人台で暮らすのがやっとであって、根本的に足りない。今でも世界の人口は70億いるので、世界の半分が飢えているといわれる。反対にそれが貧富の格差の拡大や戦争を生んでいる。最大の問題は「足りない」というところにある。

だから日本はもう一度原点に帰って第一次産業から立て直したらどうか。鉱物資源とか植物とか農業とか微生物とか魚介類、木や森、それから新しい科学、新しい資源エネルギー、それから戦略的な低エネルギーの生活とか、要するに今のメジャーでやっている現在の第一次産業というのはもう担い手もいなくなってきて、あるいはもう資源が足りなくて、事実上破綻して世界で問題が起きているわけだから、これからこれらの分野で今まで表に出てないとか、あまり皆がやってこなかったところを重点的に攻めれば、何十年の日本の産業になる。

これから日本が新しい第一次産業を確立できれば、これはまさに世界を救うことになるわけだし、世界の砂漠化、食料不足、資源エネルギー不足、それからますます深刻になる貧富の格差の拡大、それから戦争を停める力にもなる。その根本的な問題の解決はやはり日本が原点に立ち返って英知を結集することが、本物の日本経済の復興になる。

昨年の大震災のときに、日本政府は「日本と世界の英知を結集して(とくに原発の問題に)取り組む」と言ったが、英知は全然集まっていない。誰も寄りつかないし、反対に専門家も逃げ始めている。要するに今の日本のリーダーシップは英知を結集する力を持っていない。組織の内部でも外でも。これが最大の問題だ。

同時に、第一次産業の建て直しについては、どの国もまだ成功していない。農業なんかどの国も農業生産でのたうち回っている状況だ。日本だけではない。しかしどこが大きな突破口を開くかといえば、日本しかない。日本がいつまでも車やテレビを世界に売っているのではなくて、世界がもっとも必要としていることに正面から取り組むことが、日本の中長期的な経営力を増すし、それが事実上、日本が世界を経営することになる。世界の覇権大国もなくなるわけだからこれからは過度の貿易や現在のような資源・エネルギー・食料の世界的独占に依存して生きていくことはできないので、各国・各地域それぞれに第一次、第二次、第三次産業を育てて、その中でとくに競争力の強いものをいわば特産物にして、世界に売って生きる時代だと、そういう過度な世界的不均衡に依存しない経済の姿を日本発で作ることが大事だ。

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国会議員は国家権力か?

国会議員は国家権力なのだろうか? 三権分立は国会・内閣・裁判所なのだから、国会は国家権力のように見える。しかし法律上、国会議員は国民の代表、すなわち国家ではなく国民の側とされている。だから、官僚は国民に教えられない情報(国家機密)を原則として国会議員にも教えない。むしろ、本来の国家権力は内閣であって、国会は法律によって内閣を縛ったり国政調査権によって内閣を監視する機関だと考える方が的を射ているように思う。

もっとも、国会議員から選ばれて入閣した者は、内閣の一員だからもちろん国家権力だ。ただ、現実には官僚にお客様扱いされ、官僚の手のひらで踊らされるだけの大臣がとても多い。「これは国家機密であり、大臣には守秘義務があるから、国民に教えてはいけませんよ」とアドバイスされると、素直にそれに従ってしまう。大臣なんだから、国民に開示すべき情報だと判断したら機密指定を解除することもできるはずだが、そんな見識のある大臣はほとんどいない。

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2011年12月 8日 (木)

敵は大企業(2)

Houjin
大企業の恐ろしさは、法人格を与えられ、あたかも私たち人間と同じように物の所有や売買ができるのに、温かい血が流れていないうえに、半永久的に死なないという点だ。

だから、途方もない財産を所有したり、とてつもない政治的影響力をもつ、まさに怪物のような存在になって、私たちの生活をおびやかす。今日、国家の富の多くが法人名義になっており、また政策の大部分が大企業によって政治献金などを通してゆがめられているのは、あらためて指摘するまでもないことだ。

しかも、かつては企業といえども社会的責任があるといわれてある程度の歯止めがあったのだが、株主の利益だけを考えるハーバード流の経営学が幅をきかせるようになった今日では、利益につながらない社会的貢献はむしろ背任行為となる。会社の目的は営利にあるから、職務に忠実であろうとする取締役は、金の亡者にならざるをえないのだ。

今日、私たち人間は、多かれ少なかれ大企業の奴隷のような状態に置かれていると思う。ちなみに大企業の経営者も例外ではない。経営者は血も涙もないことを平気で言うが、彼らは職務としてそう言わざるをえないのだ。もっとも、なかには人間としての自分を見失って、職務上の立場が自分自身の人格になってしまっているような人もいるが。

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